さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。 「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、 その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。 イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、 御霊はまだ注がれていなかったからである。
さて安息日が終わって週の初めの日の明け方にいつもの通り朝日は昇りましたが、 この日だけはもっと素晴らしい光が照りました。 それ以来週の初めの日とう名がキリスト教会用語となったほどの出来事が この朝に起ったのでした。 それがイエスキリストの復活であります。 イエス様の復活についてのもっとも古い証言は パウロが24・5年後にコリント教会に書き送った手紙の中にあります。 Tコリント15:3−8「500人以上の人の現れた、 4つの福音書はこの出来事を紹介していません。 各々が独自の立場で証人を選びそれぞれの角度から 復活の事実と意義を明らかにしようとしています。 一つの例として28:9女達が墓の帰りに主に出会ったということも、 誰が、何時、何処で主に出会ったのか断言しきれないのです。 他の福音書ではマグダラのマリア一人が居残っていて主に出会っていますので マタイは女たちの中でマグダラのマリア一人の体験した事を 女達の体験であるかのように記したのかもしれません。 このように四福音書の復活の記事を調和させることは今では非常に困難なことであります。 しかし大筋をたどると次のようだったと思われます。 マグダラのヨセフとニコデモがおびただしい香料と新しい亜麻布とで イエスの死体を包み葬った時 ヨハネ19:38−42マグダラのマリヤと小ヤコブとヨセフの母マリヤはその墓を見届けました。マタイ27:61、マルコ15:47 その後にマグダラのマリアと小ヤコブの母マリヤとサロメとが 今度は自分たちの手で満足のいくまで 死体を飾るために大急ぎで香料と香油を買い求め マルコ16:1、ルカ23:56律法に従ってその夜から始まる 安息日は 守りましたルカ23:56 …続く