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● 2019年6月2日 「私はいったい何者?」 
 

モーセは神に申し上げた。
「私はいったい何者なのでしょう。
パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは。」

(出エジプト3章 11節)

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私達がよく知っているように、モーゼはヘブライ人・イスラエル人でありながら
色々な状況によってパロの子として育てられた人物であります。
彼はパロの子と育てられながら、彼の中にはイスラエルの血が脈々と流れており、
彼の中には燃えるような同朋に対する愛が溢れていました。
彼が40歳になった時、同朋であるイスラエル人達を、エジプトから導き、
神様の祝福に導くために立ち上がったのでしたが、かえってイスラエル人から退けられ、
彼は失墜の内にミデアンの地に逃れたのでありました。
そして、その後7:22にあるように、あらゆる知恵・言葉においても力においても
イスラエルの指導者としてふさわしい能力を持っていたにもかかわらず
神様は彼を退けられたのであります。そして彼は40年の間ミデアンの地において、
一介の羊飼いとして過ごさなくはなりませんでした。
何故でしょうか?彼には能力があったでしょう、
例え世の誰よりも知恵があったとしても、世のあらゆる財を持っていたとしても、
世のあらゆる権力を持っていたとしても、
神様の働きをするには神様の前に全く砕かれた魂が必要なのです。
神様はモーゼを知っておられました。彼の中に信仰があることや能力があることを、
しかし神様は彼に40年間の羊飼いの生活をとうし、
色々な試練や艱難を通して彼の心をお整えなられたのでした。
神様は神様の祝福と神様の能力を人々に与え、
神様の働きをこの世に為そうとしておられます。
しかし、神様が求めておられるのは、学歴のある人でなければ
能力がある人さらに人格的に整えられた人ではありません。
神様のみ前で、神様の言葉に砕かれた柔和な人物を求めておられるのです。
モーゼは40年の間、毎日毎日何十頭という羊達と暮らし、
そして自然の流れの中にあって神様と共に交わりをし、
神様に聞き、神様と共にある生活でした。
 

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