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● 2019年4月7日 「」 
 

神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、
事を行なわせてくださるのです。
すべてのことを、つぶやかず、疑わずに行ないなさい。

(ピリピ2章 13、14節)

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長い間人々は神様について間違った考えと間違った信仰を持って生活してきました。
それは、神様のみ心というのは常に厳しく又恐ろしいものだと考え、
神様のみ心に生きようと決心すれば神様は直ちにその時から、
私達の体に癒やすことのできない病をもたらし、
私達の生活に貧困をもたらし私達は生活に貧困を強いられ、
又艱難と試練が絶え間なくなり人生の喜びが一つもない生き方を求められるような
否定的な考えと誤った信仰がありました。
そこで神様を信じましょうと言えばそれを恐れておびえて、
出来れば神様を避け神様のみ心に生きない謝った考えを持つ様になりました。

しかしこれは間違った正しい考えではありません。神様は良いお方なのです。
善い神様が私達に悪いことが起こることを望まれることはなく、
良い神様が私達の生活から喜びを奪い、
私たちに苦痛をあたえてこれを喜ぶようなことはありません。
ローマ8:32、私たちに十字架の救いを与え、永遠の命を与え天国の栄光を与え、
天地創造の祝福を神様は私達に下さるというのです、
また涙と悩み嘆き叫びから無縁の人生を生きることを望んでおられるのです。
このように私たちの神様は良い神様です。
神様のみ心は人びとに対して良いことにあるのです。
ヨハネ2節V、ヨハネ10:10盗人が来るのは盗み、殺し滅ぼすために来る、
しかし、わたしが来たのは、羊に命を得させ、もっと豊かに得させるために来たのです。
ところが神様のみ心が私たちに対して祝福を約束しているにもかかわらず、
現実に困難と悩みがあるのは何故でしょう。
それは私達の生活の中で、神様のみ心と神様の時をわきまえて
それを選択できないために困難と悩みに捉えられてしまうのです。
神様のみ心と時を知るために私達は祈りを持って神様の前に出て行くのです。
祈りはただ私達の願いを聞いていただくものではありません。
神様のみ心を尋ねるものが祈りです。イエス様もゲッセマネの園で祈られました。
 


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