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● 2019年2月24日 「救いを得るには」
 

では、どう言っていますか。
「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」
これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、
あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、
あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

(ローマ10章 8〜11節)

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1.  
  今日救いと言えば霊的な事ばかりとしてとらえますが、
それは救いの一部分にすぎません。
聖書のいう「救い」は霊的な問題から精神・肉体まで含む
すべての事に関する「救い」を扱っています。
つまり
 
a. 霊的救い・・永遠の滅びから救われて永遠の命を得ること。
私たちの先祖であったアダム・エバ以来、
すべての人々は霊的な死に支配されているのです。
善悪を知る実を食べては死んでしまうと忠告されていたにもかかわらず
アダム・エバは取って食べたのでした。
それ以来、罪と死の法則が働いているのです。
ローマ5:12,6:12、6:24そして8章で
イエス・キリストにある者は罪に定められことはありません、
滅んでゆく必要も、死も関係がありません。
 
b. 次に精神的な「救い」がやってくるのです。・・
私達は人間は何のために創造されたのでしょうか、又生かされているのでしょうか。
私達人間は神様の性質を投影されて創られました。それは「愛」の姿でした
Tヨハネ4:7・8又イエス様の伝えられた福音は「愛」の福音であったように、
私たち人間は神様を愛し人を愛するように創造されたのであります。
この愛が罪の結果冷えてしまい、代わりに憎しみと争いが入ってきました。
この罪の性質が愛の性質に変わらなくては何の喜びも見いだせないのです。
イエス・キリストを信じ救われた人とは、
神様の性質によって再創造された事なのです。
 
c. 肉体・環境的な救いとは・・
現実生活の中に苦痛・病気・危険・困難等色々な呪いがやって来ます。
あのアダム・エバの罪の結果、
人類は永遠にいばらとあざみの人生となってしまいました。
何をしても茨とあざみが生えてくるのです。
何の幸せを求めても困難がやってくるし苦痛がやって来るのです。
この呪われたみじめな人間をイエス・キリストは
十字架の御業によって癒して解放してくださったのです。
ですからイエス・キリストを信じると言うことは霊的救いを受け、
精神的・肉体的救いを受けていると言うことなのです。
霊的救いだけ受けて「私は永遠の命を受けた」「天国は私のもの」と喜んでいて、
魂も肉体も病んでいたならイエス・キリストの十字架は意味がありません。
救い「ソーテリア」は全人格的な全人生的な救いを意味しているのです。
Vヨハネ2節「愛する者よ、あなたが魂に幸いを得ているようにすべての点で、
又いつも健やかであるように願う」
 
2.  
  ではどうしたらこれらの救いを私のものにする事が出来るのでしょうか。   ・・・続く
 
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