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● 2019年1月13日 「賢い娘とは」 
 

そこで、天の御国は、たとえて言えば、それぞれがともしびを持って、
花婿を出迎える十人の娘のようです。
そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。
愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。
賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。
花婿が来るのが遅れたので、みな、うとうとして眠り始めた。
ところが、夜中になって、『そら、花婿だ。迎えに出よ。』と叫ぶ声がした。
娘たちは、みな起きて、自分のともしびを整えた。
ところが愚かな娘たちは、賢い娘たちに言った。
『油を少し私たちに分けてください。私たちのともしびは消えそうです。』
しかし、賢い娘たちは答えて言った。
『いいえ、あなたがたに分けてあげるにはとうてい足りません。
それよりも店に行って、自分のをお買いなさい。』
そこで、買いに行くと、その間に花婿が来た。
用意のできていた娘たちは、彼といっしょに婚礼の祝宴に行き、戸がしめられた。

(マタイ25章 1〜10節)

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イエス様は再臨の時の弟子たちの姿を考えて
「主人からその家のしもべたちを任されて・・・
忠実で思慮深い僕とは一体だれでしょう」と質問されました。
忠実で思慮深いが再臨の弟子達に期待されていることです。
その思慮深さについて語られている所が「花婿を迎える10人」の喩であります。
10人の娘をよく理解するためにはユダヤの結婚の手配を理解しなければなりません。
ユダヤでは男と女が結婚するためには3段階の手続きがあります。
第1は男と女の両親が子供たちの結婚の約束を取り交わすもので,
日本の婚約式に相当するものです。
第2はユダヤの結婚式で、
普通花嫁の家で数人からの証人たちの前で花婿から花嫁の父へ結納が贈られ、
この後2人は法律上の夫婦となるのでした。しかし夫婦は同居生活はしませんでした。
第3は結婚式の後一年後に2人が同居生活を始めるお祝いの婚宴の式であります。
通常花嫁の家で毎日、日をかけて婚宴が行われたのでした。
この25章の喩は花婿が花嫁の家に着いた時に婚宴が始まり戸が閉められたとあります。
通常花婿の家で婚宴が持たれるのですが、花婿と花嫁が遠く離れて住んでいたり、
花婿の家が不便な場合など花嫁の家で婚宴がもたれることがありました。
ヤコブやサムソンの宴会も花嫁の家でもたれました。
ここに出てくる10人の娘は花嫁の家の玄関で、
花嫁の代理として花婿を迎えようとしていた「花嫁の代理」で
花嫁・キリスト教会と一つであることを描いてあり、
教会と教会員・クリスチャンを描いています。

 

1. 5人の娘の賢さはどこにあったのでしょう。
 

24章の再臨を迎えるクリスチャンの姿は目を覚ましていなさいでありました。
ところが10人が皆居眠りをしてしまいました。
このところの賢さは「用心している」ということであります。
口語訳では「あなたがたも用意していなさい」。
永井訳では「この故に汝も備えあれよ」でした。
25:10節でも賢い娘は用意のできていた娘と書き換えられているのです。         ・・・続く

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