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● 2018年2月18日 「人生の心のゴミ」
 

イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。
「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。
麦が芽生え、やがて実ったとき、毒麦も現われた。
それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。
『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』

(マタイ 13章24〜27節)

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私たちの中で誰も自分の家がゴミの山になって喜ぶ人はいないはずです。
まして誰かが家の中にゴミを投げ込むなら、その人に強く抗議するでしょう。
それなのに人々は心の中のゴミについては案外無頓着なのです。
今日人の心の中には、自分でゴミを持ち込んだり、又人が投げ込んだゴミで一杯なのです。
そのゴミを掃除しきれいにしていなければ気持ち良い祝福された人生を送ることができません。

1. 否定的な心
  誰でも人は物事のプラス面ではなくマイナス面を見て嘆く傾向があります。
イスラエルの民はカナンの地に入る前に斥候を送りました。
その斥候の10人の否定的な報告を聞いた人々は祝福を受けることができず滅んでしまいました。
どんなゴミが心に詰まっているでしょうか、ガラテヤ書に詳しく書かれています。
 
生活から破壊的な批判とつぶやき・憎しみを取り除かなくてはなりません。
人々は「私はダメだ・できない」とつぶやくので、いつしか人生に否定的な態度をとるようになってしまうのです。
これを自分で告白するばかりでなく、他の人がささやくのを受け止めてしまっているのです。
 
その上不安、焦り、絶望のゴミを心に受け入れてしまうのですべての事に失敗してしまうのです。
 
2. 心を清く保つ
  人生のプラスの面を見つめ積極的・肯定的に物事を捉えることです。
イエス様はすべてのことに対してプラスに見ておられました。
イエス様の弟子のペテロはもともとシモンという名前でそれは風が吹けば揺れ動く「葦」という意味でした。
シモンペテロは気が変わりやすく、情緒も不安定で信頼できる性格でないと評価されていました。
しかしイエス様はシモンの中にペテロの要素を認めておられました。
ペテロは「岩」という意味で後に教会の強力な土台となったのです。
またイエス様はサマリヤの女に声をかけて生まれかえらせ人々は伝道するものになったのでした。
昔イスラエルが敵に取り囲まれ絶滅に瀕したとき、4人の重度な病人達は敵陣に向かって主の恵みを受けた例もあります。
 
3. この人生を得るには
  イエス様の十字架の恵みに生きるとき、この人生を手にすることができるのです。
・・・続く
 
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