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● 2017年12月17日 「イエス様は何故来られたか」 
 

「わたしの上に主の御霊がおられる。主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、
わたしに油を注がれたのだから。主はわたしを遣わされた。
捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。
しいたげられている人々を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせるために。」

(ルカ4章18-19節)

右のボタンを押すと、音声メッセージが流れます。
イエス様はヨルダン川で30歳の時に洗礼を受けられた時天の窓が開き、
父なる神様遣わされた聖霊様を受け、その後から福音伝道の公生涯を始められました。
そのように今日も聖霊様の力によって個人に教会に働いておられます。
では神様はどんな祝福を私たちに用意されているのでしょうか。
1. 貧しい人に福音を語る
 

貧しい人のために来られたというのです。人は2つの点で貧しくなっているのです。
霊的な面と肉的な面です、
霊的には人は心の中から信仰と希望と愛を失ってしまいました。
信仰がないので神様の平安がないのです。
神様を信じることができないので社会も人も信じないのです。
その人はいつも自分の人生を疑いながら、否定的に生きなくてはなりません。
不安を神様にまったく委ねた人生はなんと平安な人生なのでしょうか。
希望が持てないのが人生の常です。
いろいろな問題の中で絶望感を感じることがあるでしょう。
どんな問題・環境よりも強い方がイエス様なのです。愛もそうです。
父なる神様はイエスキリストを通じて愛を注いでおられます。
この愛に生きるなら隣人を自分を愛するように愛することができます。
また信頼し期待することが出来るのです。
肉的な貧しさとは日常生活で起こる様々な貧困・呪いなどのことです。
しかしこれらのことはイエスキリストを信じることで解決されるのです。
 

2. 罪を赦すために
  イエス様がこの地上にこられた理由は、
罪にとらえられた人々を赦すために来られたのです。
人はすべて罪の奴隷であり、死の捕虜となって生活しているのです。
誰でもアダムの子孫として生まれた人はすべて生まれつきの罪の奴隷なのです。
最後には父なる神様の赦しを得るために
十字架に死んでくださったことで永遠の滅びから救われているのです。
 
3. 盲人の目を開く
  人は2つの目を持っています。一つは肉の目で自分の環境と自然を見る目です。
それと霊の目でこれは神様を認識できる目です。
イエス様を信じるときにこの目が開き神様を知ることができるのです。
また自分の存在を理解し、天国と地獄を認識して悟りがやってくるのです。
4. 虐げられた人を解放するため
 
 
5. 主の恵みを告げ知らせるために
 
 
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