道ばたにいちじくの木が見えたので、近づいて行かれたが、
葉のほかは何もないのに気づかれた。
それで、イエスはその木に「おまえの実は、もういつまでも、ならないように。」と言われた。
すると、たちまちいちじくの木は枯れた。
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(マタイ 21章19節)
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イエス様はエルサレムの都に入り、
宮清めのあと祭司長たちに捕らえられるまでの数日間、宮でみ言葉を教えられ、
群衆も熱心に聞き入っていました。
夜過ごされたオリーブ山から宮に向かう途中で起こった出来事でした。
この朝イエス様は空腹を覚えておられたようです。
群衆のために食事もとれなかったのでしょう。
この木はすぐに枯れたとあります。
しかしマルコの福音書によると月曜日にイエス様が呪い、火曜日に枯れたようであります。
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| 1. |
いちじくについて |
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このいちじくはいちじく畑やブドウ園のようなところで
生えていたものではありませんでした。
またこの木はただ葉だけが茂っていたのです。
まだ、いちじくの季節ではありませんでした。
ユダヤのいちじくは実を結ぶ 前に花を咲かせ実を結び葉が茂るのでした。
ですから葉ばかりで実を結ばないいちじくは役に立たないいちじくなのでした。
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| 2. |
いちじくはイスラエルのたとえ |
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聖書はイスラエルをいちじくに喩えた物が多くありました。
この実は神様に対する知識・信仰を意味していたのです。
ルカの福音書にはいちじくのたとえに変えて
都のために嘆かれた記事が書かれてあります。
神様が遣わされたイエス様を知る知識、
メシヤとして彼らの王として受け入れることができなかったことについて
実を結ばなかったと非難されているのです。
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| 3. |
実を結ぶ |
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イエス様が求められた実とは、その霊的な実とは悔い改めに実でした。
宮清めの警告を受けたにもかかわらず、
3年たっても一向に改めなかったイスラエルに悔い改めを迫るのです。
相も変わらないイスラエルに神様の裁きがやってくるのでした。
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