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● 2014年5月4日 「試みの主」
 

群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。
夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、
波に悩まされていた。
すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、
  「あれは幽霊だ。」
と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、
  「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」
と言われた。
すると、ペテロが答えて言った。
  「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、
  とお命じになってください。」
イエスは
  「来なさい。」
と言われた。
そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、
  「主よ。助けてください。」
と言った。
そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。
  「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。
そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、
  「確かにあなたは神の子です。」
と言った。
彼らは湖を渡ってゲネサレの地に着いた。

(マタイ 14章23〜34節)

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イエス様は5つのパンと2匹の魚で男性ばかりで5000人の空腹を満たし、残ったパンを集めると12のかごに溢れるという奇跡をされました。
そのことで人々はイエス様を王として担ぎ上げようとされたので一人祈りに山に登られ、弟子達にはガリラヤの向こう岸ティベリアに行くように命じられました。
弟子たちはガリラヤ湖に出て行ったのですが、嵐のために湖の中で夜中ごろまで立ち往生していました。
その様子を見てイエス様が海の上を歩いて来られたのです。
この出来事はイエス様が弟子たちを訓練するためでした。
 

1. イエス様は通り過ぎようとされる
 

イエス様が海の上を歩き船に近かずき通り過ぎようとされました。
よく神様は私たちの困難を知りながら、祈っていても知らないかのように何事も起こらないことがあります。
それは私たちの求めを試されるのです。
アブラハムがテレビンの木の下で3人の御使いを見たように、いつもイエス様を待ち望み見つけだすことを願う信仰が試されるのです。
エマオ途上でも2人の弟子を残して先に行こうとされるのです。
いつもイエス様を期待しているか問われるのです。
 

2. 信仰のないもののようだった
  海の上を歩くイエス様を見た時に幽霊だと叫び恐れた。
幽霊とはありえないとか存在しないという意味があり、彼らはイエス様がこんなところにおられないと思ったのです。
神様はどんな時にも私たちと共におられ、どんなことでも助けようとしておられます。
神様の助けを信じることができなかった不信仰を問うておられるのです。
 
3. ペテロは海の上を歩
  ペテロは海の上のイエス様に願って海の上を歩きだしました。
この単純で素直な信仰がなくては神様の奇跡的な助けを得ることはできません。
幼子のように神様を求めなくては神様の国を見ることはできないのです。
しかしペテロは海を見て恐れ沈みだしたのです。
イエス様とペテロの間に海が入りこんだのです。
私たちもイエス様との間にいろんなものが入り込むのです。
世の環境、疑い・恐れ、人の知恵・体験等これらのものが入り込むとき、不信仰な者となり、世の中に飲み込まれるのです。
いつもイエス様、御言葉と一つになるように心がけましょう。
 
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